[Events | 群馬大学 柴田研究室 (HCI Lab)]

長浜市「江北図書館」見学の報告

2024年3月21日、長浜市の北に位置する古い図書館「江北図書館」を見学した。知り合いの先生が、ぜひ行くべきだと薦めてくれた。日本で二番目に古い図書館なのだという。「なつかしさを感じる癒される場」という言葉に惹かれての訪問だ。

長浜から電車で15分ほど。駅前にコンビニひとつない木之元の駅で降りた。

江北図書館は、木之元駅のすぐ目の前。小さな古い建物だ。玄関は木の扉。ドアは横にスライド。イメージは、昔なつかしい木造の古い校舎。タイムスリップしたような空間だ。

事務の女性が見慣れない私の顔を見て、すぐに旅人だと気づいた。群馬から来たことに驚きの表情。
「群馬から!? 館長を呼ばないと」
図書館にいたのは、事務員と館長の二人だけ。館長は隣の部屋の机で仕事をしていた。名刺交換をして、館長自らが、私に図書館を案内してくれた。

江北図書館は、今どきめずらしい私立の図書館。お金がないから、改築・増築が難しい。新書も入らない。でも、それゆえに、古さが保たれている。建物と選書の古さを気に入ってくれる人も多いという。

運営が大変でクラウドファンディングでお金を集めたのだそうだ。その資金で図書館の目の前にオープンデッキのカフェを作るのだという。切実な問題として、図書館にはトイレがなかったのだそうだ。カフェとともに、綺麗で新しいトイレを作ることがメインの目的でもあるらしい。

貸出方法を説明してくれた。書籍は全く電子化されておらず、昔なつかしい図書カードが稼働していた。しかも、経費節約のため、図書カードはポストイット。利用客ごとにカードケース (紙の封筒) があり、本を借りたら、カードケースにポストイットを移動する仕組みらだ。「時代の流れと逆行。超アナログ」と館長が楽しそうに話してくれた。

図書カードを見たら、読んだ人の名前がわかる。カードケースを探すときも、他の人の名前が見える。
「個人情報は駄々洩れ。でも、利用客はそれを許してくれる。逆に言えば、許してくれる人だけが利用する。利用者が読んだ本はわかるから、その人の趣味もわかる。こちらから本を薦めることもある。〇〇さん、いい本あるよってね」
「利用者に制限はない。旅行でやってきて、本を借りて、郵送で返してくる人もいる」
「大抵の利用客は顔をよく知っているから、「顔色悪いねえ。病院行ったら」などとなることもある」
プライバシーは皆無だ。おおらかな戦後のコミュニティを見るようだ。

2階への階段に足をのせた瞬間、ミシっと小さな音がして、足が少し沈んだ。その瞬間、私が通っていた小学校を思い出した。海沿いの高台にある木造の校舎だ。潮の香りと、波の音、そして子どもの元気な声。まるで戦後の映画のワンシーンだ。

2階の床は畳。でも、靴のまま足を踏み入れてもよいのだそうだ。
「何十年も張り替えていない畳なので、遠慮なく」
そうは言われても、畳に土足は普通遠慮するだろう。館長が靴のまま畳の上を歩きだした。私もおそるおそる畳に足を入れた。踏み込んだ瞬間、足の沈み具合にやさしさを感じた。木の葉が敷き詰められた晩秋の森の小路を歩くようなイメージとでも言っておく。

奥にはテーブルと椅子がある。この空間を気に入って、何時間も椅子に座って本を読むひともいるのだという。

本棚に並ぶのは古い本ばかり。全ては手書きの表紙。書体も古くて、カクカクしていて読みにくい。紙質も厚い。でも、あたたかさを感じる。この図書館のイメージにぴったりだ。
『嫁入り前に読むべき50章』
『美しい女性になるために』
こんな本を今出版したら、女性蔑視で訴えられそうだ。しかも、本の著者は男性。女性にしてみたら余計なお世話だろう。それが許されるような時代がかつてあったということだ。現代的な売れ筋の本が並ぶより、ずっと価値のある空間に思える。

2階の中央には、江北図書館の創始者の杉野氏の写真があった。読売新聞に掲載された記事があった。東京の大学の進学したとき、「図書館の存在が、なんとありがたく思えたことか」と思ったのだという。地元に貢献したいという一心で、自分の私財をなげうって、自分の蔵書で図書館を作ったそうだ。

現代には見られない、尋常小学校時代の日本の正しいエリートの姿だ。貧しい社会で英才教育を受け、出世しても欲がない。自分の身と財産を国のため、故郷のために捧げる覚悟ができている。身が引き締まる思いがした。

2階の一角に、江北図書館の訪問者の言葉が集められたコーナーがあった。多くの人がメッセージを残していた。
「未来に残ってほしい図書館です」
「ふらりとやってきたけど、来てよかった。絶対にまた来る」
「世界一の場所だ」
「足を踏み入れた瞬間に少年時代に戻った」
「映画で見たことのある、昭和の木造の小学校の図書館そのもの」
全て、私が感じたことを代弁してくれている書き込みに思えた。

訪問したとき、図書館の前はちょうど工事中。クラウドファンディングで集めた資金でトイレ付のカフェをオープンさせるのだという。オープンは1週間後の3月31日。絶対にまた来たいと思った。

寄付で成り立っているという図書館だ。出張から戻って、私も早速、寄付をした。
「この空間のために私も何かしたい」
心からそう思えた江北図書館の訪問だった。